会社沿革

1999年 希望溢れるスタート

1999年、台湾に世界初のムコ多糖症患者林伯熾の臍帯血由来幹細胞治療例が登場しました。彼の名前は多くの人にとって、いまだ記憶に新しいことでしょう。数年後、伯熾ちゃんは病魔に勝てずに短い一生を終えましたが、臍帯血と疾病治療の話題は、運動ニューロン病、脳卒中、パーキンソン氏病の患者などの幹細胞治療の実験及び新例の増加と共に、とどまることなく広がっています。訊聯生技公司は、このバイオテクノロジーの時代を見越して、その希望の第一歩を踏み出しました。

訊聯生物科技の創業パートナーは、アメリカの移植医学の権威であるミネソタ大学の博士、そしてイギリスのケンブリッジ大学で生殖医学の研鑽を積んだ専門家です。1999年に全てを捨てて創業を選択した彼等は、幹細胞の効用がほとんど知られていなかった当時、近い将来において幹細胞が難病治療に使用されることをすでに予見していたのです。

台湾臍帯血産業の発展の軌跡

訊聯は成立して以来、これまで医療廃棄物と考えられていた臍帯血、臍帯、胎盤などの貴重な資源を、新しい商品として次々と開発し、バイオテクノロジーの未知の市場を切り開きました。訊聯は台湾初の臍帯血バンクであり、臍帯血事業部ができた当初、アメリカのワシントン大学、ミネソタ大学の臍帯血バンク作業基準を導入し、国内の幹細胞産業用として、高水準の規格を確立しました。これらゼロから始めた1歩1歩のステップが、まさに台湾幹細胞産業の発展の軌跡なのです。

とどまることなき発展の歩み

保存した幹細胞に高い利用価値を与えるためには、幹細胞産業の川上 (細胞の保存と収集)から川中(細胞の精製、培養と分化)まで、関連する技術と規格を絶えず進歩させて、川下 (臨床医療)のニーズに合わせる必要があります。これらのスムーズな連携があってこそ、幹細胞産業の供給チェーンが完備されて、産業の働きがさらに強まるのです。

訊聯生技の技術開発メンバーがこれまで積み重ねてきた研究の収穫は、具体的な成果となって現れています。2006年、経済部主導性新製品開発指導計画により、3年間に渡り総額8400万もの研究経費を獲得して展開した【ヒト臍帯血由来間葉系幹細胞及びその応用】プロジェクトは、訊聯にとって、ここ数年で最も士気の高まるものでした。政府から予算4、50万規模の小ケースを請け負っていた当初から、1千万にも上る大型プロジェクトを推進する現在まで、技術研究開発チームが自己への挑戦と難関打開に取り組み続けた艱難辛苦の過程は、実に筆舌に尽くしがたいものでした。

千載一遇のチャンスを得てバイオテクノロジー産業の世界に歩み出した訊聯生技は、バイオテクノロジーのグローバル化された競争環境の中で、さらに倦まず弛まず、着実な足取りで国際舞台へと邁進してゆきます。